秋の夕

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秋の夕

終わりかけの夏と溶け出しそうな今日を 急いで冷蔵庫へ入れようとしたけれど そこには沢山の冷え切った昨日がぎゅうぎゅうに詰まっていた 何度か開け閉めして ようやく今日を諦め 冷凍庫で眠る三年前の干物とあの日の決意を見なかった事にし 錆びた包丁を握る 空の鍋は全てを受け入れる態勢にあるというのに 切れ味の良い包丁と 歯切れの良い言葉は 今も使いこなせない 土鍋からしゅんしゅんとふき出す蒸気が タイルの壁にうつるのを見ていたら 無性に絵が描きたくなった 押し入れを漁り、絵筆を手にとってみたものの 私は絵など描けないのだったと今更ながら気づいて立ちすくむ 土鍋の中の栗ご飯はすっかり焦げていた 秋を通り越したおでんの具材達が 「いい湯加減だよ」と誘ってくる 「でもちょっと塩分が足りないね」そう重ねて言うので 二三泣いてやったら大人しくなった 外の風をあたりに出ると 近所の子供達がどこからともなく現れては消えていく 無邪気に走り回る足跡にそっと種を蒔いた きっとよく育つだろう 羨望と希望とを綯い交ぜにした土をかぶせて また少し手を汚す私の影は そこはかとなく薄くみえた 夕闇の中木霊する子供達の笑い声を ジップロックで捕まえて持ち帰る 眠る前 部屋に放つのだ これを子守歌にすると 明日もどうにか生きていける気がする  
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