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「アルベルト。馬をよこせ。」
不機嫌そうな妃の命に対して、騎士は困惑しながら問う。
「………お出かけでしょうか?でしたら馬車をご用意いたしましょう。」
すると妃は眉間の皺を一層深くしながら騎士につめよる。
「馬車などいらぬ!そちの馬がいいのじゃ!」
「しかしながら…妃様を馬に乗せるなど…。」
言い終えるやいなや騎士の頭をわらの束が直撃した。
「メフィス妃……暴力はいかがなものかと…。」
力なく抗議を立てれば、黙れと制されてしまった。
「わらわが妃になった途端皆が腫れものを扱うようになりおった。やれ剣術は危険!弓もだめ!!外出は必ずお供付き!!おまけに乗馬まで奪うのか!!?」
……こりゃあ相当だな……と、騎士は一人ごちる。
メフィスとの付きあいは長いのでなんとなくわかるが……今回はかなり苛ついているようだ。
「しかし我が愛馬は気位が高く、私以外を背に乗せようとはしないのです。」
「………わらわでは扱えぬと申すか。」
剣呑でありながら鋭い眼差しに臆しながらも、騎士はうなずく。
「恐れながら…。」
すると妃は突然、封を切ったように笑い始めた。息も絶え絶えに呟く。“やはりそちは変わらぬわ”と。
言葉の意味がわからず首をひねっていると、妃は騎士の愛馬にゆっくり歩を進めていた。
「メフィス様!?お待ちください!!危険です!!」
「たわけ者。わらわに扱えぬ馬などおらぬ。見ておれ。」
止める暇もなく妃は漆黒の馬に飛び乗った。
“まずい!!”
騎士は急いで馬を宥めようと走り寄った。しかし、驚きの光景が騎士の足を止めた。……暴れ馬を妃が乗りこなしていたのだ。
「わらわを見くびるなよ!アルベルト!乗馬は三つの頃より嗜んでおるわ!!」
そういった次元の話ではないのだがと思いながら、騎士は感嘆を洩らさずにはいられなかった。
そんな騎士の心情を察したのか、妃は馬を止めて幼い笑顔で騎士に命じた。
「まったく。せんないのぅ。そんなに心配ならばわらわをそちの後ろに乗せよ。それならば文句はあるまい?今から海岸へ向かえ!レスターヴァを呼んでレースをするぞ!!」
「………仰せのままに。」
困ったような声音で告げた騎士の顔は、イタズラに便乗した子供の顔そのものだった。
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