日傘

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「隙ありっ!」 威勢のいい甲高い声に、木に留まっていたカラスが一斉に飛び去っていった。 魔界のような空気が漂ったのは一瞬、すぐに暖かな風が肌を刺激し、嫌な気分を持っていく。すると、あのカラスは不幸を連れ去る、獏のようなものだったのか。 いや、獏が食らうのは悪夢で、しかもそんなものは、架空の特徴でしかないのだが。 悪夢を食われ、我にかえった青年、夕陽は、左足を軸に振り返り、重心を僅かに下げ、声の方向へと右手を伸ばした。邪魔で、腰に縛り付けてある黒いコートがお邪魔虫のように脚に纏わりつき、動きを制限する。 ぼす、と、伸ばした手には、予想していた通りの手がぶち当たり、その衝撃で突き指をしたらしく怯んだ隙に、軽く手首を掴んでやった。 「あう」 うめき声が、彼女の口から漏れる。しかしそんなことは関係がない。夕陽は、手負いの少女の手首を乱暴に捻り、真っ白な床に、その小さな体を叩きつけた。 「いた……いたた、痛いよ橘くん! 無理無理、そっちには曲がらないって」 「あのねエリア。君はどうやら腕が痛いみたいだけれど、僕は心が痛いんだぜ。大好きな君を痛めつけなきゃならない僕の身にもなってみろよ」 「じゃあ放してえ!」 廊下に声が反射する。夕陽は小さく溜め息をつき、片手で帽子が外れていないのを確認し、頭に押し付けてから、細腕を放してやった。 慌てて立ち上がるエリア。ぜいぜいと肩で息をしている。 夕陽を睨む目は、涙目だった。 あどけなさのある、年齢の割に少女のような面立ち。しなやかな髪が制服である黒いコートを這い、その栗色を強調させる。そのふんわりとした雰囲気は、この学校には有り得ないほどに似合わない。 彼女の周りだけ、空気が違う。 「うう、ひどいよ橘くん。私、見ての通り華奢で可愛らしい女の子なのに。綺麗で可憐な美少女なのに。なのになのに、ひどいよ。こんなキュートな腕を掴んでこんなビューティーな体をあろうことか汚い床に押し倒すだなんて。この鬼畜! 家畜!」 「……床は、綺麗だよ。白いし。つうか、文句言うなら鬼畜に襲いかかろうとするな」
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