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なんて自分勝手な女なのだろう。夕陽はさっさとエリアに背を向け、窓の縁に肘をのせる。
また、カラスの群れが戻っていた。
「ちぇ。今日こそは橘くんの十円はげが拝めると思ったのになー」
「拝むな」
言って、夕陽は帽子を押さえる。それは不安からくる所作だ。
真っ白な廊下。扉も、そしてその向こうの部屋も、全てが真っ白な空間。その中に、ぽつぽつと真っ黒な陰法師のような
生徒が過ごしている。モノクロの世界にいると、こうして外でも眺めていないと頭がおかしくなる。
勇者育成機関:ファースト。それが、この学校の名前だ。
ファーストは騎士団が運営している唯一の学校で、人材の確保を目的とした、戦闘を学ぶ場。ファーストと言うのは、数十年前、第二次聖戦危機に、魔物の母体である“聖典”を倒したと言われる勇者の名前が由来したもので、制服である黒いコートも、その勇者の着ていたものだそうだ。
黒衣の勇者だなんて、死神にしか見えないが。
しかし夕陽は、その死神の逸話に憧れて、ファーストに入学したのだ。
聖剣を使い、世界のために戦った勇者。
そんな風に、なりたかった。
とは言っても、その第二次聖戦危機によって魔物は完全に根絶やしとなり、騎士団のもともとの目的である魔物討伐はなくなった。そして、騎士団団長オリオンの代で政権を別の機関に譲渡し、治安維持だけを目的としたものになったのだ。
だから、ここでどれほど戦いを学ぼうと、どれほど騎士道を学ぼうと、ほとんどは無駄になるのだろう。
強大な悪が消えた時点で――勇者は用済みなのだから。
「勇者、ねえ」
思わず、呟いてしまう。
一体何のために――都市まで上がってきたのだろう。
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