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だが、もちろん、魔物が消えて、それで何もかもが解決したわけではないのだが。
エリアは夕陽を押しのけ、隣に立ち、同じように縁に肘をのせる。遠くを見つめるその瞳は、どこか嬉しそうだ。いや、悔しいのかもしれない。
木の葉がざわめき、遅れて、風が髪をさらっていく。横目で覗き見ると、すぐそばにエリアの顔があった。
「あーあ、残念だよ本当に。結局、円形はげは見れず終いかあ」
「ふうん? エラく殊勝な態度だな。言われて、もう帽子狩りはやめるって言うの? いいことじゃねえか。そういや最近、遅くまで学校に残って、何かやってるもんね。何だ、お前は優等生にクラスチェンジしたのか」
「いいことなんかないよ。やめたくてやめるわけじゃないし……と言うより、私が学校生活唯一の楽しみを、そんな簡単に諦めるわけないでしょ」
「それもそうか――いや、そうじゃないだろ。エリアは、僕の円形はげを拝むことが楽しみなのか!」
驚きの事実だ。まさか身近な女子に、そんな趣味をもつ人がいただなんて、思わなかった。
性癖、なのだろうか。だとすれば、夕陽は性の対象として見られていたことになる。ぞっとしない話だ。
しかしそんな驚きをよそに、当のエリア自身はと言うと、どこか暗い面持ちだった。重々しく、口を開く。
「――橘くん。先生からの伝言です。放課後、総括機関のソフィア様を尋ねなさい。話があるそうです――だってさ」
「へえ? ソフィア?」
誰だっただろうか。しかし相手が誰であろうと、話があるとなると、顔がこわばってしまう。流れるのは、冷や汗だろうか。それとも、錯覚か。
――まさか、バレたのか?
そう思い至って、すぐに首を振る。そんなことは、考えない方がいい。
呆れたようなエリアの顔。
「まさか橘くん、ソフィア様を知らないとか? いやいや、いくら橘くんが世間知らずのタマネギ頭でも、ソフィア様くらいは知ってるよね?」
「ええ? いや、何となく聞いたことはある気がするんだけど……総括機関の人? ……どっかの支部長?」
「ばかっ!」
グーで殴られた。
小突いたわけではなく、手加減されたわけでもなく、渾身の一撃で。
星が見えた――ような気がした。この場合の星とは、夜空に輝くものではなく、隕石の方だ。
夕陽はのけぞり、頬を押さえる。
「……、……ってぇ。何すんだよ」
「何すんだよじゃないでしょ! 本物のばか!」
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