29人が本棚に入れています
本棚に追加
怒鳴られた。夕陽は僅かに萎縮する。それから、帽子を押さえ、深く被る。
「ソフィア様って言ったら、総括機関のトップでしょ。つまり、政治のトップ!」
政治のトップ。
ソフィア・ド・アンドレヌス。
つまり――世界の頂点。
「ああ、あのおばさんか――っぐぇ!」
鳩尾を殴られた。しかも無言で。
腹の奥からこみ上げてくるものをなんとか堪え、夕陽はうずくまる。
鐘の音が、耳元で鳴り響いた。
「ってえ……エリア、お前」
「どこに耳があるかわからないんだよ! 密告されでもしたら、死刑なんだよ!」
「死刑なの! そ、そんなに偉い奴なのかよ総括機関の頭ってのは」
大袈裟な溜め息をつくエリア。世間知らずで無知な夕陽に、ほとほと参っているのだ。もしくは、ストレスやら苛立ちやらのはけ口にしているのか。
栗色の髪を靡かせ、くるりと回転し、窓にもたれかかった。
「橘くんって、なんにも知らないんだね……そんなに田舎に住んでたの?」
「いや……」
夕陽は思わず、口ごもってしまう。
たしかに、ここ、世界の中心とも言える街アトランティスに比べれば、田舎も田舎、ドがつくほどの田舎かもしれない。しかし別に、情報が届かないほど辺境と言うわけではないし、それほど末端に位置しているわけではない。
少しばかり民族的なだけの――少しばかり内向的なだけの、ただの安っぽい村でしかない。
世間知らずなのは――別に理由があるのだ。
「あ、そう言えば」
と、突然、エリアは手を叩き、甘ったるい声をあげた。
どういう喉をしているのだろうか。
「そう言えば橘くん、さっき、私のこと、大好きって……」
もごもごと、今度は何かが詰まったような籠もった声で、曖昧に訊ねる。指と指を擦りあわせ、視線は床と夕陽を行き来する。典型的な、挙動不審で交友の苦手な人間の行動だ。
――大好き?
そんなこと、いつ言っただろうか。肉食の夕陽は、肉なら何でも大好きには違いないのだが、そう言うことではないのだろうし、そもそも、生きた人間を肉塊として見てしまうところまでは堕ちていない。
最初のコメントを投稿しよう!