日傘

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怒鳴られた。夕陽は僅かに萎縮する。それから、帽子を押さえ、深く被る。 「ソフィア様って言ったら、総括機関のトップでしょ。つまり、政治のトップ!」 政治のトップ。 ソフィア・ド・アンドレヌス。 つまり――世界の頂点。 「ああ、あのおばさんか――っぐぇ!」 鳩尾を殴られた。しかも無言で。 腹の奥からこみ上げてくるものをなんとか堪え、夕陽はうずくまる。 鐘の音が、耳元で鳴り響いた。 「ってえ……エリア、お前」 「どこに耳があるかわからないんだよ! 密告されでもしたら、死刑なんだよ!」 「死刑なの! そ、そんなに偉い奴なのかよ総括機関の頭ってのは」 大袈裟な溜め息をつくエリア。世間知らずで無知な夕陽に、ほとほと参っているのだ。もしくは、ストレスやら苛立ちやらのはけ口にしているのか。 栗色の髪を靡かせ、くるりと回転し、窓にもたれかかった。 「橘くんって、なんにも知らないんだね……そんなに田舎に住んでたの?」 「いや……」 夕陽は思わず、口ごもってしまう。 たしかに、ここ、世界の中心とも言える街アトランティスに比べれば、田舎も田舎、ドがつくほどの田舎かもしれない。しかし別に、情報が届かないほど辺境と言うわけではないし、それほど末端に位置しているわけではない。 少しばかり民族的なだけの――少しばかり内向的なだけの、ただの安っぽい村でしかない。 世間知らずなのは――別に理由があるのだ。 「あ、そう言えば」 と、突然、エリアは手を叩き、甘ったるい声をあげた。 どういう喉をしているのだろうか。 「そう言えば橘くん、さっき、私のこと、大好きって……」 もごもごと、今度は何かが詰まったような籠もった声で、曖昧に訊ねる。指と指を擦りあわせ、視線は床と夕陽を行き来する。典型的な、挙動不審で交友の苦手な人間の行動だ。 ――大好き? そんなこと、いつ言っただろうか。肉食の夕陽は、肉なら何でも大好きには違いないのだが、そう言うことではないのだろうし、そもそも、生きた人間を肉塊として見てしまうところまでは堕ちていない。
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