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抗えなかった。
月に映える刀を振り翳す少女は、まるで一つの絵画で、見惚れてしまいそうで、実際彼は呆然と彼女が自分を殺す様を他人事のように見ているしかなかった。
逆らうのは罪。哀れ。見苦しい。
そうだ、だったら彼女を殺してしまえばいい――
そんな凶悪な、ある意味自然な考えが脳裏を掠めた時、――空中から肉迫した少女と視線が交錯する。
その悲しそうな双眸に何か既視感を感じた、次の瞬間。
「あ……あ……」
薫の瞳の端には、宙を舞う肩から切断された自らの左腕が克明に映し出されていた。
血飛沫。激痛。断末魔。死。最期を覚悟して、堅く目を瞑り歯を食い縛る。無力な自分を嘆くことはない。ただ、絶対的な恐怖が絶望を齎し、彼をその地に束縛していた。
しかし薫を裏切り、代わりに訪れたのは、吹き上がる鮮やかな血潮ではなく――視界を覆い尽くす、漆黒の〝何か〟――
◆ ◆ ◆
「……逃げられた」
摩耶が再び目を開いた時、そこに薫の姿は既に無かった。残されたのは、視野を奪われ身動きの取れなかった少女と、蝿が集る腐肉のように黒く浸食されていく、切り落とされた薫の右腕だけだった。
何度見ても、人の一部だった物が虫に喰われていくようなこの光景には、生理的悪寒を感じずにはいられない。例えそれが〝彼〟の一部で、懐かしい物であったとしても、だ。
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