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事前予告や前兆なんて親切な代物は、一切無かった。
「新堂薫さん、ですね?」
日暮れは遠く、おそらく日本で夜が一番似合うこの街で、彼――新堂薫は背後から久し振りに自らの名前を聞いた。
丁度、一駅分離れたコンビニでツナサンドやポテトチップスの類を買い込み、最近になってようやく再設置された街灯の下を、無気力感にも似た哀愁を漂わせながら歩いていた時だった。
その声音は、凛と儚く。
「ん……?」
白Tにジーンズという格好で、更にビニール袋を引っ提げてポケットに手を突っ込んでいる男の姿は、背中からでも充分に危険な雰囲気を感じられるだろう。ましてや日付はとっくに変わったこの時間帯だ。いわゆる〝アブナイ人〟の可能性だって捨てきれない。
だが、その声音からは薫に声をかけることへの躊躇の色は、全く感じられなかった。
「誰だ、あんた?」
「…………」
振り向いた先にいた見知らぬ〝少女〟の姿に、薫は頭を捻る。
不完全な街灯の、途切れ途切れの闇に溶け込む腰までも伸びた漆黒の長髪と、対照的に純白な和服。それ以外は凡庸で、いやだからこそその二点が異常に見えるのかもしれない。
そう、異常。かつて、無数の人々が営みを繰り広げていた〝廃墟の街〟で巡り会う対象にとっては、余りにも不気味で背筋が凍るような姿だった。
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