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その傷一つ無い手が向かう先は、僅かに靡く妖艶で長い後髪。
もし平時ならば指を通したくなる衝動に駆られるであろうその髪を、少女は首の背辺りで纏めるように掴む。
何の抵抗もなく、絹糸のように。そして、その手を背中を撫でるように振り払う。
その瞬間、初めて薫は具体的な〝異質〟を目の当たりにすることになった。
色白な少女の手の内の太い髪束は、因果逆転の如く、まるで自然に――
――〝千切れた〟
「なっ……!」
只でさえ切迫感にも似た気味悪さを孕んだ雰囲気の中で、辛うじて正常な精神を保っている人間に、それを即座に現実の光景として受け入れさせるのは酷だろう。
薫もまた然りであった。
人間の髪が、まるで綿のように軽々しく切断されたのだから。彼の脳は必死に状況把握に走り、理解に勤しみ、足掻いた末に断念する。意味不明、という結論を伴って。
しかし、少女は追い討ちを仕掛ける。
――少女の背丈の半分ほどある巨大な毛束は、彼女が握り締める根元を上にして、その右隣で夜風に靡かされていた。それはさながら髪の剣で、白装束の彼女はどこか神聖な存在にすら思えた。
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