血まみれメトロノーム、不在。

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   だが、それは強ち間違いではなかった。  少女が毛束を振るう。本来ならば一本一本が独立し、瞬く間に彼女の手から離れ、深夜の闇に呑み込まれてしまうだろう。しかし、異質から生じた万象は、異質以外の何物にもならない。なれない。  現れたのは、漆黒の刀。  暗闇と同化してしまいそうなほどに黒く、夜空の満月よりも煌めき、無限に続く闇よりも不気味で、全ての星座よりも神秘的で。  何よりも、それが元々〝彼女の髪〟であるという事実が、薫の平常心を瓦解させつつあった。  否定したい。でもできない。証人は自らの双眸と記憶と理性。薫の瞳に映る刀はどうしようもなく美しくて、どうしようもなく不気味で、どうしようもなく事実だった。  この刀と巡り会うのが博物館などであったなら、薫は一瞬の内に魅せられていただろう。しかし、漆黒の刀を語る上での最重要事項――その柄を握っているのは、摩耶なる少女の可憐な右手だということに、彼は絶望すら感じていた。  逃げられるはずがない、と。 「な、何なんだよ、あんたは……!」  彼女は、何も答えない。 「くそっ……」  この状況下で彼の足が竦んでいなかったのはある意味僥倖であった。体を翻して走り出す。我先にと前へ進む両足にもつれそうになりながらも、体裁や意地など頭の片隅に追いやって、情け無く逃走しようとする。  
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