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でも、彼は理解していたはずだった。逃げ切れないと。
「……逃がさない」
「ひっ……」
左右どちらから回り込んだかもわからない。意識した瞬間には、少女が立ち塞がっていた。足裏のコンクリートの欠片を靴で砕いて立ち止まる。冷酷な彼女の瞳は哀れに逃げ惑う獲物を捉えて放さず、彼の瞳は圧倒的な力を提示する捕食者から離れようとしなかった。
「終わらせる、さっさと」
少女の左手が刀の柄に添えられる。刀が身を捻る音が、彼にとっては死刑宣告の如く響いていた。すっかり顔面蒼白となった彼は、引き攣る唇を必死に動かす。
「じょ、冗談だろ……? お、俺が何をしたって言うんだよ!」
「何もしてない。ただ、貴方が遅かっただけ。……いつも貴方はそうだった。恨むなら、貴方の性格を恨んで」
「待――」
軽く腰を落とした少女は、野生の猫を彷彿とさせる瞬発力を以てして跳躍する。遥か高くに舞い上がった少女は、慣性に身を委ね刀を振り下ろす。薫が見上げた先には、煌々と輝く満月と、無表情にこちらを見据える和服の少女の姿があって――
――ああ、死ぬのか、俺。
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