第零章 絶望と悲壮の常闇

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   その場所を一言で表すとするなら『静寂』がお似合いだ。  人々の話し声、車のエンジン音はおろか木の葉が擦れる音、獣が駆ける音すら聞こえない。そこは、ただただ静かな場所だった。  日はとうに沈み、空は紫へとその顔色を変えた。夜が、もうすぐそこまで迫って来ている。 「…………ここらでいいかな?」  独り、呟いた。  もちろん、返事をしてくれる者など誰もいない。  街のはずれにある、それなりの大きさを持つ山。その山の奥深くに俺はいる。地元の人でも、目印や方位磁石無しでは迷ってしまう程の森。誰もいるハズがない。  むしろ、誰かいてもらっては困る。そういう事を俺は今からやろうとしていた。  暗くなる前に準備を終えなければならない。準備に手間取り、決行の意志が揺らいでしまうなどということがあってはならないからだ。  もっとも、特に帰る予定は無かったから、目印も何も用意してないし……結局後戻りなんて出来やしないのだけど。  周囲を見回し、適当な木を選ぶ。折角の墓標だ、なるべく豪勢な方がいい。 「よし……お前だ」  目を付けたのは大きな杉の木。蔦が巻きつき、苔のはえている年季を感じさせる一本だ。迷惑極まりないだろうけど、悪いがちょっと人殺しの手伝いをしてもらうことになる。  一番太い枝にロープを結びつけ、その先端に輪っかを作る。首を通せば、自らの体重によってあっと言う間にオダブツという仕組み。実に上手く出来ている。  辺りが暗い。大分視界が悪くなってきた。  けれど、もう少し待とう、真っ暗になるまで。  万に一つも、誰かに見られるのはマズい。
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