第零章 絶望と悲壮の常闇

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 その家族も、つい最近忽然と姿を消した。二度と帰って来ない。遠い遠い世界へと旅立ってしまった。  後に残されたのは俺独り。  犯人は自分が一番よく知っている奴だ。  名前も顔も、好きなゲームも好きな漫画も、初恋の人だって知っている。  唯一分からないのは動機。  大好きな両親だった。大切な弟妹だった。  なのに……何故殺した?  自覚は無い。だからこそ決めた。『俺は死ぬ』。  最初は憎悪。一時の感情に振り回され、全てを粉々に打ち砕いてしまった自分への憎しみ。  次に後悔。あの時こうしてれば……悔恨の念はやがて、生まれてこなければよかった、という結論に至った。  そして、未来に絶望を視た。  明日に絶望した。次は誰を殺すのだろう、数はどれだけだ、そんな不安ばかりが頭をよぎった。  明日なんていらなかった。永久に、永遠に来なければいい。儚い願いとは知りながら、本気で願った。  自殺を決めたのは独りになった次の日。  世界の時間ではなく、己の時間を止めてしまおう。ちょっとした発想の転換だった。  行動に移したのはさらにその翌日、つまり今日。正確にはまだ移せていないのだが。  たった一歩。あまりにも遠いその一歩を踏み出せず、真っ暗となった森の中で、もう何十分もこうしている。膝を抱えてうずくまっている。  一体いつまでこうしているつもりだ?  おそらく、あと数十分はこの世界を離れることが出来ないのだろうと、そう思った矢先の出来事だった。  闇の中から音がした。がさりがさりと草を掻き分ける音。確実に何かがそこにいる。しかも、それはだんだんとこちらへ向かって来るようだった。  脳が警告を発する。マズイ。姿の見えない相手を恐れ、心臓が悲鳴を上げる。  逃げた方がいいのは確実だが、緊張した体は動こうとしない。 「ひっ……! くっ、来るな!」  爪先に何かが触れた。それを合図に、恐怖は言葉となって喉の奥から迸る。目の前にいるであろう『何か』を払い退けるように、俺は右腕を必死に振り回した。  途端に草が、木々が視界に浮かび上がった。
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