第零章 絶望と悲壮の常闇

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 ガアァァアァ! と悲鳴を上げ、一頭の狸らしき何かが辺りを走り回っている。体を包む細く固い体毛は炎を携えていた。  炎はあちこちに燃え移り、肉の焦げる不快な臭いと植物が炭となる臭いが周囲に充満した。  にわかに明るくなった森の中、俺は再び命を奪っていた。  足が自然とロープの方へ向かう。その命まで焼き尽くされてしまったのか、もう狸らしき何かの声は聞こえない。パチパチと、炎が草木を蝕む音だけが耳に届く。  輪に首を通した。躊躇はほとんど無かった。  もう手足は震えていない。恐くないと言ったら嘘になる。  けどそれ以上に、恐いとかそれ以上に嫌だった。もう嫌だった。  ぎゅっと目を閉じる。  ──叶うなら、今度は人間に。  祈った。  一瞬の浮遊感の後、頸部を強い圧迫感が襲った。叫ぶことすら出来ない。頭に血が上っている。破裂しそうなほどの、極端な負担が掛かっているのを感じる。  巻きつくロープをどうにか外そうと、首筋を何度も引っ掻く。数回の後に、爪の感触が無くなった。  痛みなんて大したことはない。それより、酸素が欲しい。苦しい。辛い。  目を見開き、足掻く。  そんな苦痛も、すぐに終わりを迎える。  無様に虚空を蹴り飛ばす足、その先から頭の方へ向かって麻痺するように感覚が消えていく。これが頭の先まで来たら、俺は終わりなのだろう。  呼吸が止まり、心臓が止まり、そして……?  思考が停止する。もがくのも億劫になってきた。  手足がだらりと垂れ、頭が下を向いた。  死ぬ間際の最後の視界。まばらになった炎に照らされた、丈の短い草と黒っぽい大地。  一本だけ花を見つけた。名も分からない小さな花。ゆらゆらと揺れている。  それが急激に大きくなった。 「っ──がはっ、げほっ、げほっ! ……うぇっ」  自分の方が花に近付いたのだと理解するのには、少し時間を要した。  激しく痛む喉を押さえつつ、何度も深呼吸を繰り返した。  生きていた。まさかこの足でまた大地を踏むことになるとは思わなかったが、ともかく俺は死ななかった。  それにしても……何が起きた?
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