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「なっ……んだ?」
白く煌めく光の粒子が粉雪のように絶え間なく降り注ぎ、辺りが真昼のような眩しさを得る。世界が彩度を取り戻し、森が緑色に輝いていた。
圧倒的な質量、迫力。その大きさは視界の実に八割を埋める。とてつもなく巨大な三日月が、俺を見下ろしていた。
「さようなら」
空が歪み、大気が震えた。脳が警鐘を鳴らす。“ヤバい、死ぬ”。
「っ……はっ」
立ち上がり、森を駆ける。花を蹴散らし、踏みつけながら。なんとかアレの及ぼす破壊の外へ──。
「おわっ!」
浮遊感。空中で体が地面と平行になった。一瞬遅れて、胸全体で受ける衝撃。大地からせり上がった太い木の根が、俺の足を止めた。
まったく……ツイてないね、本当に。最後まで、最後の最期まで俺の人生はこんなもんか。
頭上で轟音。大地を揺るがすほどの。起き上がって見上げると、空が光で満ちていた。
俺の背丈の数倍の高さを持つ木々を、豆腐か何かのように易々と砕き、なぎ倒しながら輝く三日月が降ってくる。ゆっくり、しかし確実に。体積と重量に全てを任せ、無慈悲な力を振りかざす。
その光景は、俺の生への執着を断ち切るのに十分だった。
誰だってそうだろう。
これは無理だ。逃げられない。
一度頭で理解してしまったら、もう足は動かなかった。足だけじゃない、腕も、首も。呼吸をするのすらダルい。全てを諦めた肉体は丸太のように、まるで働こうとしなかった。
何かを思うワケでもない。
今まさに自分を潰さんとする巨大な鉱石を、俺はただただぼうっと眺めていた。
第零章.終
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