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「ねえ、小山内(おさない)くんって、彼女……いますか?」
手に入れたばかりの翻訳版クトゥルフの呼び声に目を通していた僕は、唐突に投げ掛けられた言葉にどきんと心臓が跳ねるのを感じて顔をあげた。
辺りを見回してみる。僕たち、テーブルゲーム研究会に分け与えられた狭い部室だ、様々な種類のテーブルゲームが所狭しと並んでいる。いや、そんなわかりきったことはどうでもいいのだ。重要なことは、僕を含め五人程この狭い部屋にたむろしていたはずのサークルメンバーの内三人が、僕がクトゥルフの呼び声のルールブックに夢中になっている内にいつの間にか居なくなっていて、今この部屋には僕と同級生の月之瀬(つきのせ)さんと、二人きりになっているということ――だろう。
「ねえ……居るんですか?」
「い、居ないよ」
僕が現実逃避的な遠回りな思考に耽って沈黙している内にそれなりの時間が経過してしまっていたようで、痺れを切らせた月之瀬さんに急かされて僕はようやく質問に対する答えを返した。
ここで問題なのは、月之瀬さんは女性であるということだ。僕は同姓に「彼女居るのか」と聞かれたぐらいでここまで狼狽したりはしない。同姓にそんな質問を投げ掛けられてもそれはただの世間話だ。
ところが、状況が違う。女性である月之瀬さんが、二人きりになったタイミングを見計らって、「恋人は居るか」という質問をしてきたのだ。それはつまりその……そういう、ことなのだろう。
「誰かに、片想いしてたりとかは……?」
「ない、けど」
沈黙を挟んで月之瀬さんからまた質問が投げ掛けられた。僕としては、もう一思いにやってくれという心境である。
悲しいかな、僕の十九年間の人生の中で女性から告白された経験は片手の指で数える程しかない。そんな僕にとってこのほんのり桃色な空気は、吸っていて息苦しさを覚えてしまう。
「……」
「……」
息苦しい沈黙が続く。先程の質問は単に沈黙に堪えかねての世間話であったのかと、月之瀬さんの顔色を伺ってみればその頬は紅潮し緊張からか表情は平静を装うように強ばっていて、僕の予想が外れていることを物語っていた。
顔から視線を下ろせば、服の上からでもわかる月之瀬さんの女性らしい、起伏に富んだ肢体が目に入った。
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