9人が本棚に入れています
本棚に追加
どうやらすっかり拗ねてしまったようだ。あひるのように口を尖らせて話すことを拒否し、勉強に戻る様子もない。
「ほら、飴玉やるから機嫌直せって」
「子供扱いするなぁ!」
「じゃあ話してくれたら百円あげよう!」
「馬鹿にしてるでしょ!」
「あ、やっぱわかる?」
そんな拗ねた様子を見ていると、ついまたからかいたくなってしまうのだった。
「はぁ。全く仕方ないなぁ」
「うぅぅ……」
僕は大仰にため息を吐いて、手を伸ばして琴乃の頭を撫でてやる。琴乃の機嫌が悪い時はこうするか、何か食べ物を与えてやることで大抵は解決する。
高校生になってもまだまだ子供なのだ。見た目も。中身も。
今回も不満そうに唸りながらも手を振り払おうとはせず、されるがままでいる。
「……大学だったら四年あるから、一年だけとはいえ幸輔くんと一緒に学校に通えるからだよ」
しばらく無言で頭を撫でてやっていると機嫌を直してくれたのか、ぽつりと志望理由らしきものを教えてくれた。
「はあ!?」
やっぱり子供みたいなその理由に、僕は思わず頭を撫でる手を止めて素っ頓狂な声をあげてしまう。笑いださなかった自分を褒めてやりたい。ここで笑えば琴乃はまた不機嫌モードに逆戻りだ。
「だ、だって幸輔くん中学も高校も私が入学する前に卒業しちゃうんだもん!」
琴乃は僕の反応を見ると顔を羞恥に赤く染めながら僕を見上げて、そんなどうしようもない文句を言ってくる。丁度三つ歳が離れてるんだから仕方ないことだ。
というか、幼馴染みとはいえ中学も高校も一緒に通えない程歳が離れているのにここまで仲が良いのも珍しいと思う。まあ、一重に琴乃と同級生の妹の存在のおかげなのだろうけれど。
「全く、琴乃はいつまでたってもお兄ちゃん離れが出来ないなぁ」
「だから子供扱いするなぁ!」
また頭を撫でるのを再会したら、今度はからかいのニュアンスが含まれているのに気付いたのか手を振り払われた。
ん? そういえば、『お兄ちゃん』といえば、琴乃が僕のことをそう呼ばなくなったのはいつ頃だったっけ?
「まあとにかく、休憩は終わりだ。琴乃は俺と一緒に学校通いたいんなら勉強勉強!」
流石に雑談が過ぎただろう。家庭教師をしに来たのだから琴乃とじゃれてばかりはいられない。
不満そうな表情を見せる琴乃の机の上にさっき投げつけられたシャーペンとノートを戻して、僕は授業を再開した。
最初のコメントを投稿しよう!