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カレンダーが12月に変わろうとしたころ、担任に呼ばれた。こういうときには、たいてい頼まれごとか悩みがあるのか聞いてくる場合がほとんどだったので憂鬱だった。郁子はそのとき法事で休みだったし、1人は嫌だと思いながらしぶしぶ職員室に行くと、いつもと同じ明るい国語教師が待っていた。
「なに? 先生」
「進路希望、昨日までだったから出し忘れたんかと思って」
忘れたいのを半分、考えたくないのを半分、現実逃避をしていて両親にも言い出せずにいたら、気づいたら昨日だった。クラスのほとんどの人間は夢を持っていて、熱く語る人間もいればそうでない人間もいる。それが叶うか叶わないかは別として。
「明日には持ってきます」
そう言って背中を向けて帰ろうとすると、いつもの言葉が返ってきた。
「なにか悩んだらいつでも相談に来いよ」
私は心の中にある言葉を飲み込んだ。
私は音楽と本を手離さない。そこにいるときだけ、私はまったく別の私になれるから。私は小説家を目指している。だけど、それだけにかかりっきりになっていつまでも芽が出ないのは嫌だなんて思っていた。ちょっとずつ目を世の中に向ければ、自分の実力がわかる。だけど、それに気づきたくなかった。
結局、私は家族や周囲がすすめられるまま、都会の大学に入った。郁子はあの夜の宣言どおり、農業をするため地元に残ってその方向の学校へ進学した。
夜が明けるまでネオンがきらびいている都会の街で私は、流行のおしゃれを覚え、友達を作り、恋を覚えた。いろいろな人がいて、いろいろな言葉があって、お酒や煙草という大人の世界を知った。郁子の話していた世界に自分が住んでいると思うと、わくわくした。友達や恋人には内緒で私は小説を書き、それをいろいろなコンテストに応募した。それらは丁寧に不通過の通知が来ることもあれば、1年以上経っても通知が来ないこともあった。高校時代のわくわくした気持ちはいつしかなくなっていた。なんだかよくわからない意地とプライドだけが私を突き動かしていた。
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