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郁子とは手紙やメールで連絡を取り合うだけで、私は今の自分を郁子やほかの誰かに見られたくなかった。だから帰郷はほとんどしなかったし、いつしか私は都会に疲れていた。けれど、それを忘れさせてくれることを都会というものは持っていて、私は夜な夜な街に出かけてはなにも考えられなくなるまで恋人や友人と遊んでいた。学校には真面目に通っていたので、就職もすんなりいった。就職が決まった大学4年の秋口、私の連絡を聞いた郁子から電話がかかってきた。
「就職おめでとう! あのね、報告があるんよ」
「どうしたの?」
「私、2月に結婚するけぇ」
もちろん、私には恋人がいたし、郁子に恋人がいることも知っていた。だけど、もちろんそんなに私たちはお互いの近況を深く報告しあっていたわけではないので、急な報告がなんだかショックだった。
「結婚式には、来てくれるよね?」
郁子も不安だったに違いない。その頃の私は恋人とうまくいっておらず、友人たちも就職や卒論に急いでいる時期で妙に情緒不安定だったのだ。
「うん、もちろんだよ!」
私は最高に明るい声を出した。電話を切った後、なぜか涙が出てきた。なぜだかわからない。郁子が幸せになるのは嬉しいはずなのに、私は今の自分が郁子に負けたと思っていた。いつだって私は郁子がうらやましかった。自分の持っていないものを持っている郁子が。私はその頃から小説を書くことをやめてしまった。恋人とも別れ、就職の決まらなかった友人は私から離れていった。私はなんだか急に1人ぼっちになってしまったような気がして仕方がなかった。
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