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樹は、僕の頭を撫でながら、
「あなたが死ななくてよかった」
と独り言のように呟いた。
そして、
「…10年前、いじめられて泣いていた僕を慰めてくれた優しい男の子を、僕は一目で好きになりました。でも、僕はフランスに帰らなくてはなりませんでした。もう二度と会えない…そう思っていたのに、幸運にも僕は、彼にまた会う事ができたんです」
そう言うと、僕の頬に優しく触れた。
「その時の彼は、10年経っても、人を思いやるあまりに自分の身体を壊してしまう所まで思い詰めてしまうような優しい人でした。…ずっと恋い焦がれてやっと会えたのに、その人を目の前で失ったら…僕は生きていけません。僕は母と、兄のように慕っていた教育係を亡くしましたが、あんな思いはもう沢山です」
「樹…ごめん」
「いいんです。あなたは悪くないのですよ」
樹は僕の存在を確かめるように見つめて、ゆっくり、そっと僕を抱き締めた。
日だまりみたいな樹の匂いに、再び僕は包まれた。
ああ、ここにいるのは樹なんだ。
僕の心は安らぎで満たされていった。
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