傷痕

19/24
前へ
/24ページ
次へ
「ねぇ巴、寝たら怒りますか?」 樹がもう限界って顔で、欠伸をしながら言った。 「いいよ」 「膝貸して下さいね。…おやすみ…」 カーペットの上に座った僕の膝を枕にして、樹は寝息を立て始めた。 今まで樹をじっと、細かい所まで見た事なんてなかったから、じっくり観察してしまった。 目を閉じていても綺麗な顔、首筋の黒子、スラリと伸びた腕、不器用なのに上手にピアノを弾く、指の長い手。 そして、左の手首に僕はそれを見つけてしまったんだ。 横に一文字に切られた傷痕と傷口を縫った痕。 いつもは腕時計をしているから気付かなかった。 「樹…」 いつも穏やかで、優しい樹の、手首を切りたくなるような心の闇…。 …僕は全然気付かなかったんだ。 いつも頼るばかりで…。 心が痛くなった。 樹だって辛い事、あるはずなんだ。 それなのに、樹は何も言わない。 いつも穏やかに微笑んで…。 「巴…愛してます…」 寝言だった。 「僕も、愛してるよ」 照れくさくて、面と向かって言った事のない台詞を、樹の寝顔に呟いた。 「うん…」 樹は幸せそうに微笑んでいた。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

311人が本棚に入れています
本棚に追加