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当時女性と関係を持つことに全く自信がなかった。何故なら長年のセックスレスという夫婦関係は、男性としての機能を失うには十分過ぎる時間だったからだ。
イブの夜、友人に、『とにかく会うだけ会ってどうするか決めればいい』と勧められ、躊躇するような気持を抱いたまま指定されたバーに向かう。
待ち合わせの時間の九時まで十五分ほどあったが、少しでもリラックスしたいと早めに店内に入った。
当初は友人も同席する予定だったが、今日になって急な仕事で行けないと言ってきた。多分仕事というのは口実で、他に何らかの理由があった気がする。女性が来ても互いにわかるかどうか不安だったが、ある程度の風貌は相手に話してあるから大丈夫と友人から気軽な口調で言われていた。
幸い店内にはカップルが一組いるだけだった。一人客は俺だけだったから相手もわかるだろうし、それに本当に来るかどうかもわからない。
ましてやセフレなんて物語の中だけの都合のいい設定であって、現実には利害関係が絡んでくるはずだ。万が一女性の方が何らかの事情で欲求不満からセックスの相手を探していたとしたら、魅力的というか、いい女などくるはずもない。
やはり女性が来たら一杯飲んで軽口でも叩いて早めに切り上げた方が無難だろう。
そう思うと気も楽になってきてグラスに残っていたビールを空けて、初老のマスターにジントニックをオーダーした。
マスターがコースターにグラスを置くのと、ほぼ同時に背後のドアが開いた。その瞬間不思議な感覚を味わう。
風に運ばれてきたコロンの香りのせいなのかもしれないが待ち合わせの女性が来たと直感した。
足音が近づき自然な感じで女性は俺の隣りの椅子を引いて座る。長い黒髪で横顔もよくわからないが、少し心臓が高鳴ってしまう。
後から考えるとその瞬間から、俺とケイの物語は始まった気がする。
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