崩れ去る性愛

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「ギムレットを」  マスターがお絞りを出すと同時に、女は最初から決めていたようにオーダーする。このバーの常連のようにも思えた。隣に座ったのは特に意味のない偶然だとしたら、待っている女とは違っているかもしれない。 だとしたら女は来ない、そんな気がした。時計は九時を少し回っていた。  それにしても雰囲気でしかわからないが、興味を引くには充分すぎる艶やかさが隣に座っていても伝わってくる。 顔が見たいと思ったが、何気なさを装うにしても彼女との隙間はほとんどなく黒髪しか視界に入ってこない。  確かめるべきだろうか、迷っていた。友人からは女性の名前は『ケイ』と聞いていた。そして俺の事は『リョウ』とだけ相手に伝えてあるとのことで、最初から互いの素性は知らない方がいいと友人に言われていた。 何故なら、今夜一晩だけの関係で終わった時に、互いに後腐れが残らないようにしておくのが無難だというのが理由らしい。 「リョウさんですか」  女は落ち着いた静かな声で髪を少しかきあげながら俺を見ながら尋ねてきた。その声に少し戸惑ってしまったが、俺も彼女の方を見て答える。 「ケイ……  さん?」  女は微笑みながら頷く。  彼女の顔を見た瞬間、俺の頭の中をいろんな想いや感覚が駆け抜ける。予想外だったのは、想像していた年齢よりずっと若く、二十代かもと思えた。反面、先ほどまで感じていた艶やかな雰囲気は予想以上というか、思わず顔が赤らむほど綺麗な顔立ちをしている。 そして同時に一瞬だが脳裏をかすめた懐かしさがなんなのか、わからないもどかしさも、混ざり合って当惑してしまう。 気持を落ち着かせようとグラスに残っていた酒を飲み干し、新たにジンリッキーをオーダーする。
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