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それから後、たいした会話は交わさぬままバーを出る。通りに出てタクシーを拾い友人の契約しているマンスリーマンションに向かった。
今回のいろんな段取りは全て友人がやってくれた。バーを出たらマンションに向かうようにとカードキーも預かっている。彼がどうしてここまで関りあってくれたかには訳がある。
その件については機会があれば触れようと思う。今はただ窓外の流れてゆく夜の街を静かに眺めているケイという女性が何者なのかを知りたいだけだった。
時計を見ると十時を過ぎていた。友人の部屋には二、三度訪れたことがある。
最上階の角部屋の窓からは昼間だったら海が見える。夜になると、灯台の光が波間を走るのが垣間見えたり、漁船の灯りがかすかにだが、沖に出て行く様子が見えたりもする。
部屋に入り灯りを点けると、友人のメモがテーブルに置いてあった。
≪メリークリスマス ワインを冷やしておいた つまみは適当に冷蔵庫から取り出してくれ≫
彼とは知り合って数年になるが、心配りの細やかさにはいつも驚きを覚える。
ケイにワインが用意してあるみたいだから、ソファーでくつろぐようにと告げる。彼女はコートを脱いで椅子にかけた。
スレンダーな肢体にピッタリとフィットした黒のミニドレスが妖艶さを際立たせる。Vカットの胸元に光っている宝石はダイヤかも知れない。ますます彼女に興味が湧いてくる。
ワインを少し楽しんでから、ケイに尋ねてみた。
「あいつからどこまで聞いてるの」
あいつとは友人のことだったが、すぐに察したみたいでケイは正面を向いたまま答えてくれた。
「今夜はお見合いみたいなもの。セフレとしてお互いに合うかどうかの……」
その頃になって不安がこみ上げてくる。それは男としての機能が正常に働くかどうかという、目前に差し迫った大事な問題だった。
バーからタクシー、そして部屋に入るまでは、男の欲望を誘うには充分な女性を隣にして、俺のあの部分はいつになく硬直していた。
しかしソファーに密着するように座ってワインを飲み出した頃から、段々と萎縮してしまう。本番が近づくと緊張して欲望さえも抑え込んでしまうような気がした。
部屋の明かりを落としてベッドスタンドを灯す。ケイもベッドに近づいてきて、後ろから指を絡ませてきた。俺は振り返って、彼女を引き寄せて唇を重ねる。
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