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腹を抱えて笑う脱兎を見て、詫助、永級はホッと息を着いた。
「その、片手で拳法ってのもすごいよな。そこまでして戦うなんて、俺には出来ねぇよ」
「うーん? 轟動扇ってのは戦場でしか生きられない古風な人間だぁ~って聞いたこともあるしぃ? 俺や詫先輩とは違う世界の御仁なのさぁ~?」
「まぁ兎くんたちも大分世間と掛け離れたぁ存続だけどね?」と言ってケタケタと笑う。
笑いこけている脱兎に隠れて二人はホッと胸を撫で下ろしながら、永級は詫助の胸に八つ当たりで拳をかました。
「さてぇ~? 兎くんはここらでおいたまさせていただきますぅかな?」
「あ、そうか。お前仕事に行く道中だったな」
脱兎は唐突に歩みを止めてそう切り出してきた。
詫助は分かれ道のない街道の途中から近道でもするのだと思い、最後に見送ろうと思った。
「えぇ、なんでも連れてきて欲しい人がいるらしいんですよぉ~? 兎くん、あんまり誘拐には向かない質(たち)なのにぃ~? まぁ関西大神の班長ってもう兎くんと千爺(せんじい)だけか……?」
「はぁ!? 他の奴はどうしたよ? 矢継(やつぎ)とか鳳来(ほうらい)とか」
詫助は脱兎の言葉に衝撃を覚え、自分が所属していた頃の支団の頭領の名前を上げた。
「『百中の継先輩』も『飛来の鳳先輩』も戦死ですよ? 任務中に部下もろとも全滅?」
「そうか……そうだったのか。……俺が大神を離れた間にいろいろあったんだな……。じゃあ今の大神の里はお前と千歳のじいさんだけで運営してるのか?」
「そうですねぇ~? 何人か“まだ表に出せるような奴”は里を出てもらいましたけど、二、三十人はまだ里には居ますね? 支団も兎くんのダケになったけど、弱体化した里を守るために兎くんの支団は現在団員数三人? いやはや、大神忍者もそろそろ看板をおろすときかもしれませんね?」
肩をすくめため息をする脱兎に、自分の育った大神の里の現状を知って少なからずショックを受ける詫助。
そんなしんみりした空気で永級だけが蚊帳の外だったが、これは身内内のことで、商人をする永級の立場からも彼らのことは理解できていた。
それから詫助は脱兎と話をしてから、「また機会があったら会いましょう詫先輩、ついでに美人さん?」と相変わらずの口調で、街道の外の雑木林に跳んで消えた脱兎。
そんな彼を二人は見送った。
それは卯月に入る少し前の弥生の月の、筑前のある街道での出来事だった。
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