睦月-始まりの月-弐

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「冗談はさておき……」とため息混じりに永級は、話しに区切りを付ける。 「畑山銭盛の殺しは即刻行います」 「明日か、明後日か? 俺も支度が━━」 「いえ、今からです。酒屋を出た瞬間からお仕事開始ですよ詫助氏」 「………はぁ」 詫助はもう驚くという行為を止め、ため息で陰鬱な気持ちを吐き出した。 永級はニコニコしながらも目だけは笑っていなかった。 詫助は最初から最後まで、目の前の少年が笑っているだなんて思っていなかった。 彼の笑顔は商売の時の顔。 相手をいかに自分の手のひらに乗せ、いかにそれを気取られないか値踏みする目だった。 結果的には彼の持つ情報や日本地図に最新型の種子島の保持で、権力や背景に政府に影響力のある人物が背後で息を潜めて永級を守っているのが分かる。 大商人だからって国会機密を二つも同時に持ち合わせるはずもない、彼の計り知れない暗部は常人には汲みきれない。 だから、今さら支度も下調べも無しに畑山邸襲撃を遂行するように言われても驚愕に値しない。 それに暗殺ではなく襲撃では下調べもそうはいらない、城攻めならいざ知らず、小さな屋敷に十余人の侍ならどうとでもなる。 詫助は立ち上がり、頭に巻いた手拭いを裏返しにし、右腕に縛り付けた。 手拭いの裏には円の中に狼を思わせる絵が入っていた。 「ふん、さまになったじゃないか元大神(おおかみ)の里の忍び頭」 「すでに捨てた里は関係ねぇ。こうすると仕事するって自己暗示にもなるんだよ」 狼の印、それは精鋭少数忍び集団大神の里の証し。 詫助はそれらを束ねた頭領だった。 しかし、彼には大神の忍びと名乗る資格は無く、ただの抜け忍詫助だった。 抜け忍詫助と大商人永級は共に酒屋の暖簾(のれん)をくぐった。 二人の目指すのは畑山邸。 町には夜の賑わい、そんな最中に大阪の畑山邸へ二人は足を運ぶ。
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