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牛車に揺られる永級。
詫助、新左衛門を乗せた荷台をチラリと一瞥する。
勿論二人とも存命である。
新左衛門は詫助との戦闘でいまだに気を失っているだけで、詫助は永級との答え合わせを済ませて体を休めると言い眠っている。
牛車の牛を従えるのは、奥の座敷にした老人。
名をさね丸という。
さね丸は永級の隣で、渋った表情で牛の手綱を持つ。
「まだ気に入らんのかさね丸」
「永級さまがよろしいと言いましても、私の意はそうは申しません」
「固いなぁ……そんなだと大和では暮らしていけないよ? 文武にでも引っ越せば?」
「……私の心は傷付きました」
ショボリと顔を下げるさね丸に永級はやれやれと、彼の肩を叩く。
「僕にはさね丸が必要なんだよ。さね丸がいなければ今回の詫助の試験も出来なかったのだから」
「……うぅ~、にゃがじにょじゃまぁ~」
「あ~……よしよし、さね丸は優秀だからねぇ~。お利口さんだもんねぇ~」
さね丸五十三歳は、永級に子供をあやすように頭を撫でられ鼻を啜る。
永級はそれを少し嫌そうな顔をしながら、自分の服に彼の鼻水が付かないか気を付けた。
そんな彼らの背後にある畑山邸。
すでに無人の畑山邸は紅蓮の炎に巻かれ、時折、天高く火柱を上げていた。
遠くで火災を伝える鐘の音が聞こえる。
すぐに消火団が畑山邸を消火するだろう、いや、畑山邸よりも延焼を防ぐために隣家を壊すのである。
が、それはすでに永級たちの手により執り行われているので、風が吹かなければ大火になることはない。
牛車はゆっくり大阪の夜道を走っていく。
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