色の無い世界

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 転入が決まってからは早かった。 次の週末にはもう荷物をまとめ、そして月曜にはこうして学校に。 寮生活と言うこともあり少しの不安と、たくさんの期待を抱えて始まる一人暮らし。 学校生活以外にもこれだけ環境が変わることは、世界が変わると言っても過言ではないだろう。 価値観の違いかもしれないが、どうやって暇潰しをしようかと考えを巡らせるような人生からはかけ離れている。 昨日はこれから始まるそんな希望に満ち溢れた夢のような生活のせいで、眠りにつくのに時間がかかった。 そして今、エーテル学園職員室、正確には校長室で、ほどよい緊張に見舞われながらソファで待っている。 「…………」 綺麗に整頓された校長職務室は、木製デスクや本棚が並び、入り口の横にはコーヒーメイカーが異様な存在感を放ちながら置いてあった。 さっきからしていた良い香りはそれが原因だ。 じっくり校長室を眺めていると、やがて入り口付近から足音がして、ノックの音が部屋に響いた。 落ち着きを取り戻そうと呼吸を繰り返してソファーに座り直す。 病院が世界の全てだっただけに、目にするものがみんな新鮮で、この緊張感すらも悪くない。 ドアが横にスライドして、入って来たのはナヨっとしたおどおどと挙動不審な男性。 こちらを確認するなり笑顔になってペコリとお辞儀をしてきた。 「おはようございます」 第一印象とは大事なモノで、自分に自信がないのだろう彼だったが礼儀はきちんとしていた。 「……どうも」 愛想のない返事をすれば、彼は小さく笑って頷いた。 この男が校長先生なのだろうか。  
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