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生徒会室前で足を止める。
目の前のドアは完全に閉じられてはおらず、ほんの僅かに隙間が開いていた。
その中から漏れてくる話し声に、ドアに手をかけるもそれ以上開ける事はせず、千秋は息を潜め中の様子を伺った。
本当は忘れ物等していない。
莉子が未だそこにいるのか気になった。
千秋が今この場にいる理由は、ただそれだけだった。
しかし、その目に映るのは莉子の首筋を指でなぞる啓太の姿。
そして幾らかの会話の後、二人の唇は重なった。
話声のした時点である程度の予想はついていたが、目の前にはそれ以上の光景があった。
抱き締める莉子越しに、明らかに自分へと向けられている啓太の視線に全てを悟り、千秋は小さく舌を打つ。
と、その音が聞こえたのか、啓太はまるで見せ付けるように彼女を強く抱き寄せ、これ見よがしに髪の毛に隠れた耳元に唇を寄せた。
表情までは伺えないものの、そうされる莉子も彼の腕の中で一切嫌がる気配を見せない。
一見戸惑っているようにも見えた掌がゆっくりながらもスーツの背に伸び、握り締める……それが何よりの証拠だった。
――ああ……そう言う事ね。やってくれる――
嘆息と共に吐き出されるのは、怒りでも悲しみでも、ましてや驚きでも無い。
ただ呆れたようにポツリと独りごちた千秋は、物音を立てぬようドアの前から身を引くと、静かにその場を後にした。
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