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「離せ」
「嫌。千秋、この手離したら行っちゃうもん」
冷たく突き放すように言うも、逆に腕を掴む指先には力がこもる。
つい先程まで笑顔だった顔には影が落ち、佳美のそれは次第に下を向いていった。
その場しのぎなのか、無意識なのか。
彼女の手を無理矢理払い除ける事もできない千秋の手持ち無沙汰な片手が、自然に後ろ頭にやられる。
「……だったらどうしろってんだよ」
「……ここにいてよ」
仕方無くため息混じりに問いかけると、耳に返ってくる佳美の小さくくぐもった声音に、千秋は否応無しに自分の置かれた状況に気付かされた。
「泣くのは……卑怯だろ」
呟いて椅子に腰を下ろし、天を仰いで大きく嘆息する。
その間にも、佳美の肩の揺れは徐々に大きくなっていった。
――なるほどね……涙は女の最大の武器って言う訳だ……――
結局佳美の涙に負けてしまい、莉子を追いかける事もできなくなった千秋。
いつまでも腕を握って離そうとしない彼女の指先を眺めつつ心の何処かで苦笑を浮かべ、彼はそんな思いをその身に沁みて感じていた。
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