プロローグ

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 罪が、加速する。 まるでブレーキの壊れた自転車で坂を掛け降りるかのような恐怖感。 例え目の前に壁が迫ろうとも止まれない。 ただ、ぶつかるのを待つだけ。  やがて思い知る。 間違った道を辿っているのだと。 それの始まりがいつだったのか、考える間もなく知るのだ。 「愚かなのは、我の方か……。」  横たわる男はそっと呟いて、フェンス越しの夕焼けを眺めた。 身体中が鉛のように重たく感じた。 死期が近いのかもしれない。  男はゆっくりと腕を上げると、夕日に伸ばした。 「眩しいな。」 しかし腕はフェンスにぶつかる。 それは当たり前な事だったが、男は苛立ったようにフェンスを殴り付けた。 「最期にあの陽の下へとっ……!」 何度も、何度も殴り付ける。  ようやく諦めた時には手に血が滲んでいた。 「もう一度、陽の下に……。」 痛みはもはや感じない。 だが自身の未熟さが悔しかった。 自身の犯した罪が、思いの外重かった。 「これは罰、か?ならば、笑えばいい。我を、愚か者と笑えばいい。」  男はゆっくりと目を閉じた。 聞こえるのは鳥の声だけ。 男は自身の内から、生きるための何かが抜け落ちていくのを感じた。 そして意識を手放した。  ザッザッと、砂を踏みしめる音が男に近づいた。 長身のオールバックの男だ。 黒いスーツをビシッと着こんだその男は、どう見ても善良な市民には見えない。  男は意識のない男を冷ややかに見下ろすと、ふぅと溜息を吐いた。 「本当に愚か者だよ、お前は。」 呆れた風な物言いだが、その声音はどこか優しくも感じた。 「なぁ、桜太。太陽はお前に何を求めてる?お前は、太陽に何を求めてる?」  見下したままだった男はおもむろにしゃがみこむと、腹部に滲む血に目を止めた。 服の上から撫でただけで、真っ赤な血がぬるりとした感触をもたらす。 「暗夜しか知らないくせに。」  赤く染まった手の平に小さく舌打ちをこぼし、男は立ち上がった。 そのまま何事もなかったかのように、背を向けて歩きだす。  夕焼けが、二人の男を照らした。 その先の運命を知らずに……。
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