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時を遡る事、二刻程前――……
とある旅籠屋。
仄かに行灯の光が漏れる奥座敷に、対峙する二つの人影がある。それは吉田と、束ねられた文に目を通す桂だった。
暫しの沈黙の後、吉田は口を開く。
「ねぇ。もう一度、言ってもらえる?」
「雛を迎えに壬生まで行ってくれないか、と言ったんだよ」
「……意味が、分からないんだけど」
不服そうに眉間に皺を寄せる吉田に対し、桂は穏やかな笑みを浮かべる。
「おや? 喜び勇んで行くと思ったのに、浮かない顔だね」
「……突然呼び出されて、経緯も言わずに迎えに行けって言われてもね。素直に喜べない。大体、桂さんの事だ。なんか企んでるとしか思えないね」
畳に腰を下ろし、吉田は桂を真っ直ぐに見据えた。桂の表情はいつもと変わらないように見える。だが、その奥に潜む鋭い瞳に気付かない程、吉田は馬鹿ではない。
目的の為ならば身内をも利用する。桂はそういう男だ。
「雛を、連れ戻す背景を聞かせてもらえるよね?」
有無を言わせない強い口調で、そう言うと吉田は桂に詰め寄った。
桂はそれを一瞥し、文に再び視線を戻すと深々と息を吐く。
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