別離

2/47
11413人が本棚に入れています
本棚に追加
/1099ページ
時を遡る事、二刻程前――…… とある旅籠屋。 仄かに行灯の光が漏れる奥座敷に、対峙する二つの人影がある。それは吉田と、束ねられた文に目を通す桂だった。 暫しの沈黙の後、吉田は口を開く。 「ねぇ。もう一度、言ってもらえる?」 「雛を迎えに壬生まで行ってくれないか、と言ったんだよ」 「……意味が、分からないんだけど」 不服そうに眉間に皺を寄せる吉田に対し、桂は穏やかな笑みを浮かべる。 「おや? 喜び勇んで行くと思ったのに、浮かない顔だね」 「……突然呼び出されて、経緯も言わずに迎えに行けって言われてもね。素直に喜べない。大体、桂さんの事だ。なんか企んでるとしか思えないね」 畳に腰を下ろし、吉田は桂を真っ直ぐに見据えた。桂の表情はいつもと変わらないように見える。だが、その奥に潜む鋭い瞳に気付かない程、吉田は馬鹿ではない。 目的の為ならば身内をも利用する。桂はそういう男だ。 「雛を、連れ戻す背景を聞かせてもらえるよね?」 有無を言わせない強い口調で、そう言うと吉田は桂に詰め寄った。 桂はそれを一瞥し、文に再び視線を戻すと深々と息を吐く。
/1099ページ

最初のコメントを投稿しよう!