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散歩に行ってくる、その一言で彼は半年帰ってこない事がよくある。今回の件も似たようなものだろう。西に旅に行こうかと、最近口癖のように彼が呟いていたのを密樹はしっかり覚えていた。
笑顔なのに目線が徐々に自分から離れていく密樹を見据え、一琉は所在地を把握していると確信する。
「知ってんだな? あんの馬鹿野郎は何処に行きやがった? 江戸か? 長崎か? まさか北に向かったとか言わねぇよな?」
一琉は密樹の動きを封じ、襟元を掴むとギリギリと締め上げていく。突き上げた拳が喉に当たり、息苦しさも感じ密樹は首を左右に振る。
「か、堪忍したって下さい。誰にも言うな、との命なんですっ」
「ほぅ? その藤森を纏める次期当主の命は聞けねぇってのか。良い度胸してんなぁ、おい」
一琉の機嫌はどんどん悪くなっていく。彼が居る事を想定して予定を立てているというのに、藤森の事情などお構い無しに行動されては堪らない。
大きな情報など手に入れてくれば話は別だが、彼の場合は私情が九割を占める。今回も馴染みの芸妓などに会いに行った可能性が高かった。
「早々に口を割った方が懸命だぞ。このまま、みっちり道場でしごいてもらいてぇか?」
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