鴨と雛と梅の花〈前編〉

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あの意味深な笑みはこの事だったのかと、沖田は額に手を当て眉を潜める。 止めようと思えば、梅の行動を止める事は沖田にも出来た。でも、敢えてそれをやらなかったのには理由がある。 (……面白いから傍観してたなんて言ったら、確実に土方さんから怒られますよねぇ……) 男を惑わす色気を放ち、あの土方が毛嫌いする梅が雛乃を猫可愛がりした―― どう考えても、止めるには惜しい光景だろう。 貴重なものを見れた事に関しては芹沢に感謝すべきなのかもしれない。かと言って、雛乃を易々と芹沢派へ渡す理由にはならないのだが。 「あの子は……私の、なんですから」 沖田は自分に言い聞かせるように呟くと、土方らの待つ広間へと引き返していった。 それを見つめる人影が一つ。 廊下から死角になる場所で気配を断ち、静かに佇んでいた。 「……ふぅん。あれが例の女中ねぇ……。ちっせぇ女子だなぁ」 人影は率直な感想を漏らすと、ふわぁと欠伸をかき何もなかったかのようにその場から歩き出す。 「どうやら、色々と楽しくなりそうだねぇ。――少し遊んでやろうかなぁ」
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