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「大佐ぁ、よそ見してないで仕事してくださいよ」
ロイの執務机の上に大量の書類を起きながら、ハボックは何やらぼんやりとしている上司に声をかけた。
「中尉が非番だからってサボってちゃダメっすよ」
東方司令部司令官室。その部屋にはロイ・マスタング大佐と、副官であるリザ・ホークアイ中尉が在室しているのが常の光景である。
しかしながら本日、司令官室内にはロイ一人しか居なかった。彼の優秀な副官は非番のため、ここには居ない。
いくら副官であっても、休日も取らずに上官の傍に控えているということは当然ながらあり得ない。リザは週に1日、その任務をハボックに任せる。憧れの上官であるリザが自分を代役に選んでくれたことは、ハボックにとっての密かな誇りだった。
「……二時間後に取りに来い」
ハボックが持ってきた書類の量に、ぼんやりしていては残業になってしまうと判断したロイは緩慢な動作でペンを取り、ハボックに退室するよう促した。
「了解っス」
副官代理はあくまで〝代理〟である。司令官室の入り口近くに備え付けられた副官席に座ることが許されているのは、リザ・ホークアイただ一人だ。
ハボックは採決された書類の束を抱え上げ、静かな執務室を後にした。
「……」
残されたロイは、書類を的確に処理しながら自分の副官のことに思いを馳せていた。
佐官であるロイと、その副官であるリザ。二人の関係は、仕事上はそれ以上でもそれ以下でもない。しかし、軍服を脱いだ瞬間から、二人の関係は上司部下のそれからプライベートなものへと変貌する。――ロイ・マスタングとリザ・ホークアイ。彼らはプライベートでは恋人同士なのである。
二人は付き合うにあたっていくつかのルールを決めている。その内の一つに「職務中は一切、恋人らしい雰囲気を醸し出すような真似はしない」というものがあるのだが、それでもやはり、愛しい恋人が傍に居るのと居ないのとでは事務仕事に対するモチベーションが違ってくる、とロイは考えている。公私混同ではない。潜在的な心境の問題である。
たかが一日であるにも拘らず、ロイはリザの居ない執務室に違和感を覚える。リザがロイの副官に就任して何年も経つが、これだけはいつまで経っても慣れない。
早くこの退屈な一日が終わることを願って、ロイはまた一枚、味気ない書類を捲るのだった。
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