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早く執務を終わらせたい、そう願うロイの心境とは裏腹に、そんな日に限って次々と厄介な案件が回ってきた。
上層部からの嫌がらせとしか取れないような無謀な業務にもロイは文句を言うことなく黙々と取り組む。若くして大佐という地位に就いたロイを疎ましく思う佐官や将軍は多いが、そんな輩からの下らない挑発に乗ることを、ロイは決してしない。着実に課せられた執務をこなし、自分の実力を見せ付けるだけである。
「……もう、こんな時間か」
壁時計を見上げると、それは午後十時を指し示していた。最後の一枚になった書類に丁寧にサインをし、ロイは大きく伸びをした。一日中、机に向かっていたため身体中の筋肉が固く強ばっている。
「大佐、お疲れ様っす」
ちょうど良いタイミングで司令官室の扉が開き、ブレダが顔を出した。ロイが全ての書類を処理したことを確認し、彼は思わず称賛の拍手を送る。
「さすがですね。日付、跨ぐと思ってましたよ」
「これ以上の追加書類はないだろうな?もう私の右手は動かんぞ」
「ありませんよ。ホント、お疲れ様でした!」
――こうして、ロイの長い一日はようやく終わりを迎えたのだった。
ロッカールームで私服に着替えながら、ロイはこの後の予定を考えていた。
本来、ロイは定時で仕事を切り上げてリザの家に向かう予定だった。特に約束をしていたわけではないが、何となくそうしようと決めていた。きっとリザも、執務に疲れ果てた自分のために夕食を用意して待ってくれているだろう、そうロイは考えていた。
ロイのこのような思考に根拠はない。きちんと訪問の約束をしているわけではないため、ロイがリザの家を訪れたところで彼女が不在の可能性も充分にあり得る。しかしながら、これは長年の付き合い故に為せる業・一種の勘のようなものではあるが、ロイにはリザが今日は家に居て、自分の訪問を待ってくれているような気がしてならなかったのだ。気持ちを通わせ合っている者同士には、何か不思議なテレパシーのような目に見えない力が作用しているのかもしれない。ロイはリザとの付き合いの中で度々、このような強い直感を感じていたし、その勘は大抵の場合、高い的中率を見せていた。
だからこそ、ロイは今日も仕事帰りにリザの家に訪れる算段だったのだ。
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