第二話

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「……と、言うことにしておいていただけませんか?」 「――え?」 蚊の鳴くような小さな声で紡がれたリザのその言葉にロイは自分の耳を疑った。リザは嘘を吐いてまでして、司令部へとやって来た。リザの祖父・グラマン中将からの緊急の呼び出しなどはなかったのだ。 わざわざ夜遅くに司令部に赴き、もっともらしい嘘を吐き、人払いをし、リザがそんな面倒をした理由…それは至極単純である。リザもまた、ロイに会いたかった、ただそれだけだ。 毎日顔を合わせているとは言え、司令部に入ればそれぞれにこなすべき業務がある。分刻みのスケジュール、配下数百人の部下の目、イレギュラーに発生する事件・事故・エトセトラ……。いくら上官と副官として多くの時間を共有していると言えど、他愛のない雑談をするような時間はそうそうないのが現実だった。仮に運良くそんな時間が確保出来たとしても、良い大人が人前で、あるいは勤務中に、甘い恋人の雰囲気を醸し出す筈もない。そもそも、二人が恋人同士であることはトップシークレットであり、誰にも知られてはならない関係である。 つまる所、彼らは日々、恋人を身近に感じながらも触れることも愛しみ合うこともなく、業務に忙殺されていたのである。 「リザ…」 「どうぞお車に。お送り致します」 伸びてきたロイの手をひらりと躱し、リザは踵を返して車に乗り込んだ。 恋人としてのリザとの関係をもっと堂々としたものにしたいと常から主張しているロイに対し、リザは決してその提案を快諾しようとはしなかった。恋人としての自分の存在が、ロイの弱みになる可能性が高いためである。 自惚れでも過度な自信でもなく、確固たる事実として、リザは自分がロイから深く愛されていることを知っていた。ロイはリザに何かあれば全力で彼女を救おうとするだろう。自分の地位も名誉も、もしかしたら大総統になるという夢すらも捨てて、リザを守ろうとするかもしれない。 大切にされていることは素直に嬉しいが、それがロイの歩む道の邪魔になることだけはあってはならない……常からリザはこう考えていた。いくつもの嘘を重ねてアリバイ工作をして、そうして束の間の逢瀬を味わうのが、リザなりのこの恋の守り方だった。
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