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自宅に着くと、リザはてきぱきとバスタブに湯を張り、冷蔵庫の中から食材を取り出した。勝手知ったる何とやら、である。
「夕食、食べますよね?」
「ああ、頼む」
ロイはコートを脱いでラックにかけると、どっかりとソファーに腰を下ろした。ようやく、気を緩めて寛げたのだろう、深い溜息がキッチンに居るリザの耳まで届いてきた。リザは迷うことなく調理に必要な道具や材料を用意しながら、ちらりとロイの様子を伺うと、こちらに顔を向けたロイと目が合った。
「……何か?」
調理が一段落したため、リザはエプロンを一旦外してロイの方へと歩み寄る。
と、ロイはサッと顔を背けた。
「たいさ?」
「いや、その…」
リザの視線から逃れたロイは、ここ数週間を思い返した。
多忙を極めた日々だった。ロイもリザも互いの業務に追われており、帰宅時間は常に不規則だった。会話も必要最低限の事務的なものを交わすのみで、次のデートはいつにしようかなどという浮ついた会話をする暇すら無かった。
それが原因だろうか。ロイは、数週間ぶりに取れた恋人としての穏やかな時間に、むず痒いような、妙な気恥ずかしさを感じていた。
リザに会いたかったのは事実である。彼女を腕に抱き締めたいとも、キスをして同じ毛布に包まって眠りたいと思っていたのもまた、事実である。だが、いざそうなった現在(いま)、まるでこれまでのリザへの接し方が記憶からスッポリ抜け落ちてしまったかのように、ロイは彼女にどう接するべきか戸惑っていた。
愛しいという気持ちは有り余る程であるのに、中途半端に空いた時間が、行動に移すことを躊躇わせる。要は、彼は照れくさいのだ、。
「本当にお疲れのようですね。……大丈夫ですか?」
ロイの間近にリザの顔が迫る。金色の睫毛に縁取られた茶色い大きな瞳が、心配そうにパチパチと瞬きを繰り返している。上目遣いで下から見上げられ、ロイは上手く言葉が紡げなかった。
「大佐?」
「あー、くそっ…!」
「え…ッ!?」
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