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年の瀬も迫った十二月某日のことである。アメストリス国軍大佐ロイ・マスタングは、年に数回しか拝めないような華麗な手さばきでその職務をこなしていた。
「た、大佐はどうしたんでしょうか…」
「デートだろ、デ・ェ・ト」
「明日はきっと大雨ですね」
「いや、むしろ近年稀に見る大雪になると思うぞ俺は」
直属の部下たちはロイの普段とは違いすぎる勤務態度を不気味がり、好き勝手な憶測を立てている。
ロイが必死で仕事を片付けているのには訳があった。それは遡ること数日前の話である――。
***
「大佐…起きてらっしゃいますか?」
コンコン、とロイの自宅の寝室のドアがノックされ、ロイの優秀な副官兼麗しの恋人であるリザ・ホークアイがドアの隙間から顔を覗かせた。
「ああ。…なんだい?」
ベッドに寝転がって本を読んでいたロイは身体をずらし、ベッドにリザが眠るスペースを空けた。
風呂上がりのリザは湯冷めしない内に、と急いでその空いたスペースに潜り込む。
「二十九日の夜はお暇ですか?」
「ああ、特に予定はないが…」
「でしたら、一緒に食事でもどうですか?レベッカに良いお店を教えてもらったので行ってみたくて…」
リザからの誘いに、平静を保ちながらもロイは内心驚いていた。
クールなリザがロイを誘うことは滅多にない。どういう風の吹き回しかは分からないが、何か考え、あるいは企みでもあるのだろうか。ロイは珍しさのあまり、即答出来ずに考え込んでしまった。
「大佐?」
「いや、何でもないよ。二十九日だな?」
首を傾げて自分を見上げてくるリザの愛らしい姿に、ロイは自分が考え過ぎなだけだろうと結論を出し、数日後の食事の誘いを快諾することにした。
***
そして話は冒頭のシーンに戻る。約束の時間は午後六時。リザが非番のため、店の前で待ち合わせることになっている。
ロイはちらりと書類から目を離し、壁に掛かった時計を見上げた。時刻は午後五時の少し前だ。手元の書類に目を戻し、誤字と脱字のチェックを済ませ、待機していたハボックに手渡す。
「これで私の仕事は終わりだな。今日は予定があるから早めに帰らせてもらうぞ」
そう言って足早に執務室を出ていくロイの姿を、部下一同は顔を見合わせながら見送った。
「ほらな、やっぱりデートだ」
ハボックがニヤリと笑ってそう言った。
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