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「星が見える」
白い息と共に僕の口から思わず零れ出る
夜でも明るい空のこの街に来て
夜空に星を見つけることが稀になっていた
こんな風に立ち止まり
夜空の星を見るということ自体
数年ぶりだろうか
前に同じように星を見つけたときに
僕の隣には君がいた
そして、今と同じようにつぶやく僕に
「夜なんだから星が出てても普通でしょ」
と腕を強くひいた
そういうことじゃ無いのだがと言いたかったが
冬の寒さが到来しつつある夜空の下に
君をいつまでもおいておくのもどうかと思い
僕は言葉を飲み込んで
「そうだな」と短い言葉だけでうなずいた
僕の生まれ育った故郷は
夜になれば、空一面に余すところ無く星で埋め尽くされて
見ようとしなくても自然に視界に入ってくるくらいに
そんな話を僕が君にすると
「いつか連れて行って」
僕が吸い込まれそうな瞳で見つめながら言った
でも約束を果たす前に
君は僕の隣からいなくなってしまった
この街に生活に必死に順応しようと
僕は焦り足掻き余裕がまったく無く
君の事を思いやれなかった僕に疲れて君は去っていった
この時のように
夜空を見上げ星を見れるくらいの余裕が
僕にもう少しあれば
結果は違ったのかもしれない
あれから数年
君はこの街のどこかで
ほかの誰かとこの夜空を見上げているのだろうか
何を今更こんな事を考えている
自分が可笑しくなる
僕は
妄想に近いこの考えを頭から振り払うように
歩き出そうとしたその時に後ろから
懐かしい声が聞こえた
「何見てるの?」
僕は息をのんだ
そしてゆっくり振り返り
震える声を抑えるように
「星が見える」
数年前と変わらぬ
僕が吸い込まれそうな瞳の君を
見つめながら言った
君は
一度夜空を見上げて
「夜なんだから星が出てても普通でしょ」
少し笑いを含んだ声で僕に言った
君はその後の言葉が出てこない
立ちすくむ僕の腕を前と同じように強く引いた
その時にようやく
僕の口から出た言葉は
「そうだな」
の短い言葉
寒い夜空の下に君をいつまでも居させるわけにはいかないから
歩き出した僕たちの頭上の
夜空には星がひとつだけ輝いていた
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