冬の序詞

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☆ 頭がぼんやりする。 意識がはっきりしない。 予感がするのだ。 見知らぬ世界に生まれる。 それは、自分しか存在しない世界。 もし仮に、見知った人が現れても、きっとそれは分からないのだろう。 気がつくと、オレは柱に寄りかかって座っていた。 一本の道の上。 闇闇とした空には漆黒の月が浮かんでいるように見える。 光を放っていない。 つまり、新月だ。 それでも、そこに月があるのだとわかる。 不思議な感覚だ。 不思議といえば、自分の存在もそうだ。 そこに在るのに、まるで実感がない。 ふわふわと、浮いているようで。 あるいは、世界がそうなのかもしれない。 そこに在るのに、実体がないような。 寄りかかった柱は、道路標識のように、先端に矢印型の板を数枚付けている。 読めるのは、その中の一枚だけだった。 他は、ぼやけてよくわからない。 読める一枚は、まっすぐ前を示している。 進め、と。 立ち上がって、進むことにする。 すると、足を踏み出したとき、道が光った。 電飾を埋め込んだようで、人工的。 それでいて、自然的な情趣を醸し出すような、淡い光だ。 漆黒の月でも、光を放つのだろうか。 足跡のように、飛び飛びで道が光ったのだ。 きっと、月の、光なんだ。 一本道の、念を押すような道導が、行く先を定める。 どうしても、振り返ることは、許されない。 そんな気がする。 自然と足は進み、息を切らすほどの速さで、走り出していた。
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