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な、何をいきなり言い出すんだこの人は…
普通なら、以前の私だったらそう思って冷ややかな視線を浴びせたに違いない。
だけど、今はそれどころか息も出来ずに止まってしまう。
肌が、耳が、指が、舌が、目が、全てが現実と……“今”と同じなのだ。
感じる風も、美味しい食事も。
薄々とは感じつつあった事だけど、第三者から言われるとリアルになる。
「……時…を…」
「お、おい晋作!何馬鹿な事言ってるんだ!小春さんが困っているじゃないか!」
慌てたように窓際に座る彼を咎める。
その対象者である彼はまたつまらなそうに一瞥をくれて、私に向き直る。
「………お前、これが何かわかるか?」
呆然とする私の前に差し出したのは、使い込まれた古い筆。
その筆、というのが漫画家が使いそうな先が針のように尖っているもの。
高杉さんが何をしたいのか、真意がわからないまま頷く。
すると彼は胸元から白い紙を出し、墨がたっぷり入った硯を私に渡す。
「使ってみろ。」
「…………え?」
「それを、使ってみろ。」
有無を言わせない強い口調。
鋭い視線を感じながら、私は筆の先に少しだけ墨を馴染ませた。
こんな筆は使った事がなかったし、習字でさえももう何年もしていない。
だから最初筆を紙に触れさせた瞬間、大粒の墨が滲んでしまった。
それでも横から感じる強い視線は収まらないから、私は再び筆を持つ手に力を入れて乱雑に筆を走らせる。
白い紙が墨の濃厚な黒の線に浸食されていく。
なんだかそれは私の行く末のような気がした。
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