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真夜中から夜明けまでの短いひとときだけ、生きることを許されているような気がする。
束の間の闇は私を優しく包み込むからだ。
日付が変わる頃、私の心臓は規則正しく動いて、血液を送り出し始める。
生きている、という感覚が全身に満ちてゆく。動脈も、静脈もみな、その感覚に歓喜する。
けれど、流れゆく血は、夜のように蒼い。
そしておそらく、それをみつめる私の顔も。
蒼い顔のまま私は外に出る。
誰もいない道。新興住宅地の夜は早い。星が見えないほど明るい街から帰り着いた人々は、都会の呪縛から逃れるように眠りに急ぐ。
ゆえに私はただ一人、眠らずに歩く。忌まわしい記憶の捨て場所を探して、眠れずに。
一ヶ月前から始めた夜の散歩だが、最初は何のためにこんなことをしているのかわからなかった。
父親も母親も寝たのを確かめて、こっそりと勝手口から抜け出すのは思っていたよりも難しいのだ。ただ歩きたいだけなら、昼間でもいいはず。もっとも、最近の私はずっと自分の部屋にこもりきりで、授業もアルバイトもサボタージュしているのだけれど。
しかし、そのうちなんとなく気づきはじめた。
忘れたいのだ、私は。
何を?
――何度となく繰り返される、あの残像を。
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