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けれど、散歩くらいで癒えるような傷なら、はじめから疼いたりしないことも私は知っていた。
夜を歩く私は、私であって私ではない。
もし私を知る人とすれ違ったとしても、きっと彼らは気づかないに違いない。
雑踏の中に立つよりもずっとみつけづらいくらいに私は、私から遠い瞳をしている。
だからどれだけ歩き回っても、誰も私のことなど構わないだろう。私はそう思っていた。
今夜、彼に会うまでは。
「眠らないの?」
柳が涼しげにそよめく川べりの細い道で、不意に後ろから投げかけられた声に、私は体を震わせた。
深夜にこの道を他の誰かが歩くことはまずありえない。誰もいない、という前提で私はここにいるのだ。通り魔ですら、寂れた小道など避けるだろう。
恐る恐る振り返ると、一人の少年が自転車にまたがって立っていた。
白いシャツに、洗いざらしのジーンズ。細く長い手足に、薄い胸。高校生くらいだろうか。さらさらの黒髪の隙間からのぞく瞳は、綺麗な焦げ茶だった。
「それとも、眠れないの?」
全てを見透かすような澄んだ眼差しが、私を射抜く。
「やっぱり、あの事故のせい?」
「どうして、それを」
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