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「私だってそうよ。自分が目撃者ってやつになるなんて思わなかった」
それは日常に訪れた、一瞬の空白だった。
ペンキが剥げかけた古い遮断機の間を縫うように線路に吸い込まれた車と、ほぼ同時に走りこんできた急行電車。激しい衝突が夜の踏切で起こった。
誰も止められず、誰も救えなかった。車に乗っていた若い男は、病院に運ばれてすぐに死亡が確認されたという。自殺とも事故ともつかぬ結末だった。
私は、一部始終を見ていた。目の前の少年と同じように、自転車にまたがって。
あともう少し前で待っていたら、私も巻き込まれていただろう。
私の体に残されたのは甲についた小さな傷跡だけだったけれど、胸の中には大きな疼きが残った。大学にも行かず三日間寝込んだ私を、母親はショックだったのだから仕方ないといたわり、なぐさめた。
しかし、私にとってあの事故はショックなどという単語で集約できるほど簡単な出来事ではなかった。
なぜなら私は、ひとが命を失う瞬間の重みをたった一人で背負うことになったのだから。
「見ていたのは、私だけじゃなかった。車も何台か止まってたし。……でも、ほかの人たちは行ってしまったの」
救急車を呼んだのは、踏切のそばの小さな平屋に住む老婆だった。彼女は、壊れた自転車を翌朝まで預かってくれた。
「きっと、みんな嫌だったんだよ」
「何が?」
「ひとが死んでいくところを見たっていう、痛みを引き受けるのが」
――ああ、やっぱりこの子は不思議だ。
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