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それは彼女の夫にも言える。
女には夫がいた。
幼い頃から多くの時間を共有してきた人だった。
彼は今、物言わぬ骸となって、部屋の隅に転がっている。
鬼に人が敵う道理はないのだ。
彼が生き延びる為の選択肢は、黙って妻を差し出すことだった。
だが――――彼はそうしなかった。妻を逃がそうとして、殺された。
人としての矜持を守り、そして命を失った。
「――――――――!!」
鬼による暴力は、いつ終わるとも知れない。
女の心は既に限界を迎えていえたが、体もまた限度を越えた使用によって、限界を迎えつつあった。
だが女に肉体としての死が訪れることはなかった。
「――――――――!!」
鬼が雄たけびを咆げる。
しかし、それは苦悶の叫びであった。
原因は彼の胸元を貫通している一刀の剣。
剣が引き抜かれる。
鬼の胸元から吹き出た鮮血が、女の肢体を汚した。
「―――――――!!!」
鬼があらん限りの暴力を秘め、敵を視界に収めるが、その刹那には鬼の首が宙を舞っていた。
凶手はその光景を、大した感慨も無く見つめている。
「キョーコ、そこの女は?」
「ダメでしょ。一応病院には連絡を入れておくけど……」
「ああ、頼む」
一組の男女が、陵辱され尽くした女を見下ろす。
凶手たる男の唇からは、血の筋が滴っていた。
また助けられなかった。
男――――キリサキと呼ばれる掃除屋は、己の無力を噛み締めていた。
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