もうひとつの旋律

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 あれから数日が過ぎた。 『あれから』とは僕が由美と一夜を共に……爆睡した日のことだ。 しかし、だからといってすぐに『付き合う』ということにはならないでいる。 それまでよりは確かに接する時間は増えたが、それだけの二人がいる。 微妙な距離の微妙な関係。 そのまま時間は過ぎていく。  そんなある日、また僕はバイト先である居酒屋の裏でタバコをふかしていた。 野良猫は別に魚をくわえる事もなく、腹を空かせているようだ。 僕は店から拝借したスルメの破片を放り投げた。 それを見て野良猫はビクリと身構えたが、警戒しつつもそれがスルメと分かると口にくわえて一目散に駆け出す。 「たまには『にゃーお』くらい言えよ。」 苦笑いする耳に、ふと、またピアノの音。 僕は忘れていた。 ピアノの音のことなんて、由美との一件で完全に忘れていた。 「(一体どこから?)」 辺りを見渡すも周りは雑居ビル。しかも、そのほとんどがテナントビルでマンションなどない。 「(音楽教室なんてあったか?)」 いや、ここらは居酒屋やバー、スナックやキャバクラなどの店ばかりだ。 首を捻っていると、今まで弱々しい旋律を奏でていたピアノの音が一転した。 ジャーンっ!! デタラメに鍵盤を叩き付けたような音。 驚き目を丸くしたのも束の間、バサリと僕の前に何かが落ちてきた。 それは紙だった。一枚や二枚ではない。10枚以上の紙が落ちてきた。 「これは……譜面?」 手にして見てみると、それは紛れもない五線譜だった。しかし、それは市販されてるスコアではなく、まだ書きかけの旋律が並ぶ代物だ。 譜面を集めて僕はビルとビルの隙間の空を見上げた。 ところどころ空いた窓。そのどれかから落ちてきたのだろう。しかし落とし主の姿も声もない。 しばらく落とし主が現れるのではないかと待ってはいたが、一向にその気配がない。 「仕方ない、か。」 僕は譜面の端を揃えながら、もう一度だけ見上げ落とし主が現れないのを確認し、それを持って店に戻ることにした。
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