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「そ、そんなこととはなんじゃ! 私は、去年も今年も境内で待っておったのだぞ? 少しは神事に関心を持たぬか、この無礼者!」
文敏の言葉が気に障ったのか、真波は顔を赤くしながら声を荒げて、バクバクとみかんを口に放り込んでいく。
しかし、体躯のせいだろうか。目を丸くしながら怒る真波の姿が、文敏には微笑ましく思えてしまう。
「などと言いつつ、人ん家のみかん勝手に食うなんて無礼な真似しないで下さいよ」
文敏は妙な冷静さでそれを指摘すると、真波がみかんを口に放り込むのを呆れ気味に眺めながら、同じくみかんに手を伸ばした。
「……む。良いのじや、みかん程度は」
真波は彼の一言に一瞬気まずそうに押し黙ったが、
「それよりも!」
とまたすぐに開き直って詰問を再開した。
「どうして海津に戻ってこぬのだ?」
どうやら真波は心からそれが知りたかったらしく、真剣な目付きで文敏を見据えているが、やはり文敏にはその真意がわからない。
帰れない理由など、言うまでもなく想像が及ぶはずであるのに。
「大した理由じゃ無いんですけどね。レポートの資料とかが、海津じゃなかなか手に入らないんですよ」
文敏が偽りようの無い単純な真実を告げると、真波は目をぱちくりさせて意外そうな表情を見せた。
「資料? では、海津に帰りたくなくて坂上に留まっておるのではなかったのか?」
「……え?」
思いもつかなかった『帰らない理由』を告げられ、文敏のみかんの皮を剥く手が止まってしまった。
帰りたくないなどとは、とんでもない。
これまでどれ程故郷を思いながら明日を迎えてきたことか。
文敏にとって、帰りたくない事情など微塵も存在しない。
「まさか! 帰りたくても帰れなかったんですよ。海津でも資料が手に入るんなら、わざわざ正月に坂上で勉強なんてしてませんよ」
文敏の言葉通り、この部屋には様々な本やプリントの類いが、至るところに散らばっている。
そしてそれらに共通する文字が一つ。
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