1話

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「ヒデ! てめぇ、失敗こきやがったな!!」 屋内から身を乗り出した矢崎は、藤堂の姿を見つけるなり怒鳴った。 既に連絡が入っていたのだろう。 藤堂がどのように失敗したのか、矢崎は全て知っているのだ。 下手な言い訳など通用しない。 「すんません!」 謝って済む話ではない。藤堂の失敗は鷹野組の失敗であり、それはすなわち矢崎の失敗になる。 鷹野組の看板に泥を塗ったも同然なのだ。 「ようも、おめおめと戻って来れたもんやなぁ!」 「すんません! この責任は俺の指で……っ!」 藤堂が懐から刃物を取り出し、玉砂利に左手を付いた。 小指の脇に突き出した刃物を見た澪は、突然火が点いたように泣き出した。 子供心にその状況の恐ろしさを察したのだろう。 辺りに響き渡る泣き声に、一瞬で緊迫した空気が立ち消える。 「めー! おにーちゃ、いじめるの、めーなのっ」 小さな体で精一杯藤堂を守ろうと、必死に矢崎から庇った。 「れ、澪っ」 矢崎の傍にいた水原は澪を諫めようと身を乗り出した。 しかし、澪は藤堂から離れようとしない。 「やぁ……! いたいの、やぁっ!」 澪の泣き声に、敷地内にいた組員も何があったのだろうかと顔を覗かせた。 根負けしたのは矢崎だった。 「バカヤロウ! ガキの前でそんなモン出す奴があるか! 早ぅ片付けぇ!!」 怒鳴られて慌てて片付けるも、藤堂の失敗が消えるわけではない。 「で、でも自分の失敗は……」 そう言いかけた藤堂に、矢崎は澪を見やった。 「このボウズに感謝するんやな。せやなかったら、お前の指の一本や二本じゃ許されん。お前の体と首が繋がっとんのは、ボウズのお陰やっちゅうこと覚えとけっ」 矢崎の言葉は決して冗談ではないだろう。 澪がこの場にいなければ、藤堂の命はなかった。 それだけの失敗をしたのだ藤堂は。 澪が藤堂を助けてくれたのだ。 藤堂はこの日の事を決して忘れることはなかった。 後に澪が矢崎の友人の子供であることを知ったのだが、その日以降、澪が屋敷に訪れることはなかった。
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