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1話
大きな門を構え、広大な敷地を頑丈な塀で囲んだそこへ、水原(みずはら)は足を踏み入れた。
そこへ行くのは随分久しい。
けれど、大きな門のどっしりとした佇まいも、入り口に立て掛けられた看板も変わっていなかった。
「矢崎(やざき)に用があるんだけど、話は通っているかな?」
水原は門前に立つ屈強な男に声を掛けた。
屋敷の主(あるじ)をこうして呼び捨てる者は少ない。
水原はこの屋敷の主である矢崎を訪ねて来た大切な客人ということだ。
男はすぐさま矢崎の元へと案内した。
「久し振りだな。三年振りか?」
先代の組長の葬儀に水原が夫婦で訪れた時以来だ。
早すぎる矢崎の跡目相続だったが、その時水原に会い、どんな立場になっても友情が続くのだと言われて、ようやく決心が付いた事を覚えている。
矢崎は水原と座卓を挟んで対面した。
矢崎が入室した時に人払いをしたので、部屋には他の組員はいない。
腐れ縁とも言える二人に、見張りは必要ない。
組長としての立場ではなく、友人として水原に会いたかったのだ。
今ではヤクザの組長と堅気の男という関係になってしまったが、それでも友情は変わらない。
「それで? その子供はお前の子か?」
「ああ。澪(れい)っていうんだ。三歳になる」
「あの時、嫁さんの腹にいた子か?」
矢崎は座卓に置かれた菓子に手を伸ばす澪を見た。
三年という年月は長いものだと実感する。
腹の中にいた子供が、今では自分で立って歩くのだ。
「澪……か。ボウズ、こっちに来い」
矢崎の立場を知らない澪は、手招きする男を恐れることもなく近付いていく。
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